八月十五日2009年08月15日 12時00分00秒

 義母の二人の兄つまり義伯父(?)二人は第二次大戦で戦死した。ともに二十代である。一人は軍医として沖縄で一人は確かフィリピンの洋上で帰らぬ人となったと聞いている。以前も画像を載せたことがあったがこれはフィリピンで亡くなった伯父が昭和15年19歳の浪人時代に描いていた手のひらサイズのスケッチブック。義母が亡くなった時に形見分けでいただいたものである。筆ペンもたぶんボールペンもシャーペンもないもう70年にもなろうという昔。この軍艦の絵の脇に書かれている歌詞は「太平洋行進曲」。ほかに水彩のスケッチや風刺画や浪人の自分を鼓舞するような言葉を書いたものもある。まだ十代の伯父がどんな毎日を送っていたかはほんのほんのかすかな想像しかできないが俺の同時期や最近の十代の同時期とはるかに違うことだけはよくわかる。15年ほど前、義母の代わりに、遺族としてカミさんと一緒に生き残った方々、伯父と同隊の方々の慰霊祭に顔を出し会食をしたことがある。参加された皆さんは南洋上での事や会ったことのない伯父についていろいろと話をしてくれた。すでに皆さんご高齢だったので今はもうその会は開かれていないが、いい体験だったと思っている。第二次大戦体験者の生の話は、聞けるうちに聞いておいたほうが良いといつもこの日になると思う。そして俺ももっとしっかりと生きていかなければいかんね。
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