かっちょよかったミカバンド2009年10月19日 23時23分23秒

 80年代初頭まで大阪に住んでいた人なら日本橋(にっぽんばし)の家電店「来た、見た、買うた、の喜多商店」のCMを憶えている人もいるかもしれない。テレビ版はいかにもって感じのベタな家電店のCMそのものだったがFM大阪で流れるラジオ版CMでバックに流れていたのはサディスティック・ミカ・バンドの「タイムマシンにお願い」のイントロ部分だったのである。分厚くハードなギターサウンド、日本のロックにはない音圧感と疾走感があり15秒くらいの短い時間でおれは感電した。しかし田舎中学生だったおれはそのBGMが誰の何と言う曲かは知ることができずすっと悶々としていたのである。今みたいに情報入手も簡単じゃないし。あるときFMの番組で「日本のロック名曲特集」というのがありそこで同じイントロが流れてきたときには目を剥いた。「喜多商店のCMの曲はこれや!」『…サディスティック・ミカ・バンドで「タイムマシンにお願い」をお送りしました…』ようやくその曲の全貌を聴くことができた。バンドの名前も曲名もわかった。嬉しかった。とにかくその日本離れしたサウンドにはしびれたがヴォーカルにはちょっとひっかかった。当時巷ではYMOの人気に火がつき始めておりそのメンバー高橋幸宏(当時はユキヒロ)の経歴としてサディスティック・ミカ・バンドの名前は聞いたことはあったのだ。YMO最初のイギリス公演が大成功したのもミカバンドで成功しその地で圧倒的な知名度を持つ高橋ユキヒロがいたからであったはずだ。しかしまた、そのバンドの中心人物がまさか「帰って来たヨッパライ」の人だとは夢にも思わなかった。「あの素晴らしい愛をもう一度」も中学の音楽の授業で歌ったがミカバンドとはまったくつながらなかった。加藤和彦の名前はもう知っていたのに。結局そのラジオ番組では「タイムマシン〜」は録音することができず、その曲が入ったアルバム「黒船」を入手できたのはずっとあと、上京してからである。再発盤で中古盤だった。アルバムを通して聴いてかっこよさにまたしびれた。カラオケでも歌った。そして先日、加藤さんの訃報を知ってひさびさにレコードをターンテーブルにのせた。彼が京都の生まれだと知ったのは亡くなってからだ。そういえば「帰って来たヨッパライ」では、天国の神様のせリフは関西弁だったね。「なあおまえ〜、まだそんなことやってんのか〜、ほなら〜、出て行け〜〜」(記憶が間違ってたらごめんなさい)。なんだか、残念。

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